白球からのメッセ−ジ By 島田 清
スポーツニッポンに掲載された記事です。
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白球からのメッセ−ジ。 自分で考えて工夫をさせる野球指導法を実践する北九州市立湯川中学校長の島田清さんは、3年間のブランクを経験した後、教頭として中学校へ赴任した後の方が、戦績が良いのだと言う。「若いころは、子どもたちをののしってましたね(笑い)。朝から晩まで練習し、一日3000から4000本ノックをしても平気だった。1人に100本ノックとかしてましたからね。その時代の子どもたちは、今、飲み友達ですよ」と話す島田さん。 子どもを大切にした指導への答えは、子どもたちがだしてくれる。 「子どもの1人が、自分は公式戦でレギュラ−にはなれないから、1年間に2本のヒットを打ちたいです。と言ってきたんです。確かに、レギュラ−には不足な感じですが、主審をさせたらピカイチ。練習試合で出場させて、ちゃんと2本ヒットを打ちましたよ」。適材適所だか、それを子どもたちが自分で分かっている。 島田さんは、北九州市中学校体育連盟の会長も務めている。部活動の振興を伝えている人だ。 「今、うちの中学で部活に所属しているのは、60%から70%ですね。社会教育のクラブに入っている子どももいます。部活は、先生たちも大変だけど、子どもたちの指導に果たす役割は大きいんです。自分の時間が欲しい。と若い先生方の中には敬遠する人もいますが、部活を持って子どもとかかわって欲しいですね。部活は縦社会の経験が積める場所ですし、子どもの良いところの発見がたくさんできる。生徒指導面にも生かされます」と。 今でこそ、クラブに所属してその技術を学ぶ事が多いが、「日本のスポ−ツを支えたのは、学生スポ−ツ」という思いが島田さんにはある。学生スポ−ツの入り口は、中学校での部活動。教室では見る事の出来ない、いい顔をした子どもたちの表情を見ること、その子どもの得意なものを見いだして行くこと、それは、中学む教師という職業に与えられた特権ではないだろうか? 白球からのメッセージ その弐 (2007年3月2日スポーツニッポン記事より) プロ野球キャンプ見学が指導の土台 北九州市立湯川中学校長の島田清さん(53)は、校長になった今もコーチとして野球部の指導に当たっている。 今でこそ中学野球の指導者だが、福岡教育大学在学中、母校・戸畑高校の野球部の監督を経験した。 「高校3年間も戸畑高校の野球部でプレーしていました。甲子園に初出場した戸畑商業高校の球児たちは、同級生なんですよ。その後、大学3年生の時から、2年半、野球部の監督として指導しました。昭和51年まで指導を行いましたが、辞めた翌年の春の選抜に戸畑高校が出場しました。それから”甲子園に行きたい”と本気で勉強しましたね。昭和53年に教員になって、昭和54年から小倉南区の沼中学校野野球部の監督になりました」と島田さんは振り返る。 「子どもたちと一緒に学んでいこうと、戸畑高校の監督を辞めた後、プロ野球の宮崎キャンプを見学に行ったりしました。独学で技術や戦法を学びました」それが、中学指導の土台になったそうだ。 沼中学校で5年、吉田中学校で8年、城南中学校で2年、野球部の指導をした。城南中学時代には、地元で開かれた全国大会でベスト8入りを果たした。 「それから教育委員会に勤めることになり、3年間、中学の野球から離れました。教頭になって沼中学に赴任し、もう一回ユニフォームを着た時、格別の喜びを感じました。グラウンドに立った時の感激は今でも忘れません」と島田さんは語る。 島田さんの生徒への接し方、指導法は、ブランクを経験した前後では大きく違ったと話してくれた。「前半は”オレに付いてこい”でしたが、教頭になった後では、やる気を起こさせる指導方法を心がけました。新入部員として入ってきた1年生が3年間辞めずに一緒にやっていこうとやる気を出させ、自分たちで決めさせる野球に変わりました。”こうしなさい”ではなく、”どうしたいの?”と問いかけるんです」今も島田さんの指導方法は同じだ。 白球からのメッセージ その参 (2007年3月6日スポーツニッポン記事) 親の姿をみて子どもは変わる 一球会に所属している中学野球の指導者たちは、練習試合に事欠かない。メンバーの中では、練習試合を申し込まれたら、”断らない”という暗黙の了解があるからだ。 「練習試合には、保護者も付いてきます。そも保護者たちといかに良い関係を築くか?お互いに協力できるか?と言うことが大切です」と語るのは、北九州市立湯川中学校長の島田清さん(53)だ。 子どもたちは、いろんな体験をして人格ができる。たくさんの経験をさせることが大事だと島田さんは考える。 「子どもたちは、ある程度の幅の道を右に左につっかかりながら前に進んで行きます。その範囲からはみ出た時に引き戻してやるのが大事だし、いじめにたえられない子どもたちを放置することは、許されないことだと思います」と島田さんは言う。 実際、自分が指導した野球部でもいじめはあった。「上級生が下級生に万引きさせたこともありました。そんな時は即保護者を集めて報告してます。問題を起こした子どもを辞めさせるのではなく、”一緒になって考えていきましょう”と言います」結果は、すぐに現れた。ある子どもの親が、子どもと一緒に自発的に学校の溝掃除を行った。親が自分のために何かを行っている姿を見れば、子どもは変わる。そうやって保護者との信頼関係が築ければ、親は協力してくれるし、少々厳しいことをやっても親が家庭で、子どもに説明するのだそうだ。 島田さんは、1冊のアルバムを見せてくれた。昨年1年間の湯川中野球部の記録だ。練習試合や公式戦、そして夏の大会後に引退した3年生と保護者、そして監督、島田さんが写った写真が、1枚1枚丁寧に貼り付けられたアルバムだ。 「保護者の方が、写真を撮ってまとめてくれたんですよ」島田さんは目を細めながらうれしそうに話してくれた。 白球からのメッセ−ジその四 (2007年3月7日スポ−ツニッポン記事) 意識すれば子どもたちは変わる 毎年恒例の、「国民宿舎ひびき」での一球会セミナ−は、中学野球指導者のメンバ−内では、外せないものらしい。 「セミナ−の日は、一晩中、野球談義が繰り広げられます。本当にすごい人たちが居ますし、若い指導者とも同等に話しをするので、勉強になると思いますよ。わたしも何かつかんで帰ろうと思ってます」と話すのは、福岡県北九州市立湯川中学校長の島田清さん(53)だ。一球会があるのは、柴田尚久さん(古賀中学校長、一球会幹事)の人柄と指導のおかげだと島田さんは言う。 「練習試合に行くと、子どもたちや保護者に対して柴田さんや梅本さん(玄海中学校長、一球会会長)か、おまえたちの監督はすごい。と言ってくれる。私は一球会は子どもを育てる。という会と思っています。柴田さんの考えに賛同している仲間の集まりが一球会なんですよ」。 島田さんには、若い連中が柴田さんたちを見て育ってくれれば、との思いがあるそうだ。昨年5月、玄海マリンカップに出場した湯川中学の野球部員達。初参加だった彼らが驚いたのは、一生懸命入場行進の練習をしている姿だった。 「こんな指導をしているんだと、親も子もビックリしていましたね。早速保護者から、おまえたちもやれ、という声が出て、子どもたちが行進の練習を始めました。おかげで、入場行進はうまく行きました。意識するようになると、子どもたちは変わりますね」と島田さん。 一球会の仲間が持っているものやノウハウを取り入れて子どもたちを指導すれば、子どもたちは育つと島田さんは話す。「去年、柴田さんと7年ぶりに試合ができてうれしかったし、楽しかったですね」。この言葉には、島田さんの、一球会メンバ−への全幅の信頼と友情が如実に表れていた。 白球からのメッセ−ジその五 (2007年3月8日スポ−ツニッポン記事) 経験を積ませる教育 取材の日、島田清さん(53)北九州市立湯川中学校長は、ユニホ−ム姿でグラウンドに立っていた。ウオ−ミングアッブの終わった子どもたちは、島田さんのノックを受けたり、バントの練習を行ったりしていた。島田さんは、子ども一人一人を見ながら注意点を細かく指示する。その子にあったアドバイスだ。 「いまの子どもたちは、昔に比べると柔軟性や持久力など、体力的には劣ってます。それは、野に山に行って駆け巡ること、日が暮れるまで遊ぶことが無いからだと思います。一つの例をあげると、ブランコのこぎ方が分からないんです。やってないから出来ない。経験がないから体得できていないんですよ」と島田さんは話す。コミュニケ−ション作りがうまくいかないのも、経験が無いからだと言う。 その経験を積む場所が部活なのだそうだ。「来年度のテ−マは、鍛える、です。心も体も両方鍛える。子どもたちにも保護者にも、わたしたちが育てるんだ、という姿勢を見せるかと考えています」。 野球経験があるだけに、バントは、中学生が出来る方法を指導する。その年その年で、チ−ム構成は変わる。指導法を変えることで素材を生かしたチ−ムづくりが行われているのだ。 「経験を積んで上達した子どもには聞こえるように、上手になったね、と言います。大人だってほめられればうれしい。子どもも同じですよ」と。 新チ−ムのキャプテン中村圭祐くんは「島田先生は優しくて教えてもらうことが分かりやすい。自分でも野球が上手になったと思います。去年の市内大会は一回戦で終わったので、今年は県大会まて生きたい。行きます」と力強く話してくれた。 経験2年目の監督の指導も行いながらグラウンドに立つ島田さん。「田代の大先輩(田代一義一球会名誉会長)を見習って、まだまだユニホ−ムを来ますよ」島田さんの今年の挑戦は始まっている。(完) |